【10th Century Chronicle 941-960年】

【10th Century Chronicle 941-960年】

 

◎歌物語の成立

*957.-.-/ 歌物語「大和物語」ができる。

*961.-.-/ この頃「伊勢物語」が成立する。

 

 「歌物語」とは、和歌にまつわる説話を集成した物語文学の総称で、和歌にまつわる恋物語や、死別や不遇を嘆く物語など、やはり情感を動かす物語が多くみられる。「古今和歌集」などで、和歌の簡略な解説として添えられる「詞書」が、より詳しく発展したものと考えられる。

 

伊勢物語

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 「伊勢物語」は、900年ごろからその原型となるものが存在したようだが、その後にも順次書き替えや追加が行われ、このころ現存の形のものが成立したと考えられる。そのため作者は特定されず、何人かが付け加えたりして関わったとされている。

 各章段の冒頭が「むかし、男ありけり」などと始められ、ある男のある男の元服から死にいたるまでを、それぞれ歌を添えて物語られる。六歌仙の一人「在原業平」の歌が多く採録されていることから、業平をモデルにしたとされるが、詠み人知らずなど他の歌も多く、一貫しているわけではない。

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 話の内容は男女の恋愛を中心に、主従愛、友情など多岐にわたる社交生活が描かれ、「昔男」の元服から死にいたるまでをカバーする。なかでも、前半で数段にわたって綴られる「二条の后(藤原高子)」との悲恋は、恋物語としての伊勢物語を際立たせる説話を構成している。

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 二条の后との仲を裂かれた男が、悲嘆にくれて東国に下る話が続き、この「東下り」の章段は「貴種流離譚」のひな型を提示しているし、伊勢の斎宮との交渉の一節は、伊勢物語という署名の由来の一つともされる。

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 伊勢物語は「いろごのみ(風流の恋)」の模範型として、「源氏物語」など後代の物語文学や、和歌に大きな影響を与えた。やや遅れて成立した歌物語「大和物語」にも、共通した話題がみられる他、「後撰和歌集」や「拾遺和歌集」にも『伊勢物語』から採録されたと考えられる和歌が見られる。

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 中世以降でも、能の「井筒」や「雲林院」などの典拠となり、近世以降では、「仁勢物語」などのパロディ作品の元となり、井原西鶴の「好色一代男」も、源氏物語を経てではあれ、伊勢物語のパロディともみなせる。さらに人形浄瑠璃や歌舞伎の世界でも、伊勢物語から題材をひいたものが多くみられる。

 《絵巻物で読む 伊勢物語》 https://ise-monogatari.hix05.com/

 

(大和物語)

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  「大和物語」は、伊勢物語と同時代の歌物語だが、伊勢物語の説話が大和物語にもみられるなど、伊勢物語の影響下に成立したと考えられる。伊勢物語とは異なり統一的な主人公はおらず、各段ごとに和歌にまつわる説話などのオムニバスの構成となっている。

 登場する人物たちは、実名・官名・女房名などで示され、固有の人物を指していることが多い。亭子院として登場する宇多天皇をはじめ、その周辺の貴族など歴史の表舞台の登場人物も多く登場する。

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 前半は物語成立に近い時期に詠まれた歌を核に、皇族貴族たちがその由来を語る歌語りであり、後半からは、悲恋・離別・再会など人の出会いと別れの歌を通して、古い民間伝説などの説話が綴られる。

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 大和物語の書名については、伊勢物語の「伊勢」に対する「大和(奈良)」だという説があるが、他にも諸説あり不明である。さらに作者についても、古くは花山院や業平の子 在原滋春が擬せられたが、ほかに様々な人物が挙げられ未詳とされている。

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141段「ふたり来し路」(末尾のみ抜粋)

 大和掾という男は、妻のほかに筑紫出身の女を妾にして同居させていたが、男は心変りして妾とは別れることになり、妾は故郷の筑紫へ帰ることになった。男と本妻とともに山崎の渡しまで出て筑紫の女を見送る。

 

 これもかれも、いと悲しと思ふほどに、船に乗りたまひぬる人の文をなむ持て来たる。かくのみなむありける。

  ふたり来し 道とも見えぬ 波のうへを
  思ひかけでも かへすめるかな

 [二人で来た道も見えない波の上を 寄せた波が返すみたいに

  もう思われなくなってしまった わたしは帰って行くのです]

と言へりければ、男も、もとの妻も、いといたうあはれがり泣きけり。

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《『大和物語』―古文と解説、朗読》 https://mukei-r.net/kobun-yamato.htm

 

(この時期の出来事)

*941.5.20/筑前 南海追捕使小野好古が、博多津で藤原純友の軍を破る。

*941.6.20/伊予 逃亡していた藤原純友が、伊予の日振島で殺される(藤原純友の乱終焉)。

*947.6.9/京都 菅原道真の祠を京都北野に建てる(北野天神社の起源)。

*960.9.23/京都 平安京造営後、初めて内裏が消失する。