『Get Back! 70’s / 1976年(s51)』

yureru manazasi

『Get Back! 70's / 1976年(s51)』

#そのころの自分#
 昨年から順調に進みだした営業マンとしての仕事も、市内大手百貨店の担当から、老舗ではあるが繁華街からはずれJR駅前に位置する百貨店に変わった。万年売上不振になやむ店であったが、店側の担当者にはローカルな人情味があり、楽しく付き合え、仕事も自由自在に進められた。

 秋のキャンペイン「ゆれる、まなざし」では、現役銀行マンでもあった小椋佳の曲が起用された。コーナー店頭にはCMを流すビデオが設置されていたが、たまたま美容部員が、うっかりNHKで放映された小椋佳の音楽番組の録画を流したため、匿名の客からチクられた。上司とともにNHK支局にあやまりに行ったのも、今となっては懐かしい記憶に過ぎない。

小椋佳『ゆれる、まなざし』>https://www.youtube.com/watch?v=0nlgE9xXN10
 

○2月 [ワシントン] 米上院多国籍企業小委員会で、ロッキード社が航空機売り込みのための対日工作資金を不正に支払ってきた事実が公表される(ロッキード事件の発端) 
○7月 [東京] 東京地検ロッキード事件に関し、田中角栄前首相を外為法違反などで逮捕する 

 前総理 田中角栄をはじめとして政財界から多くの逮捕者を出した、この戦後最大の疑獄事件は、はるか海の彼方アメリカからもたらされた。この2月、アメリカ合衆国上院外交委員会多国籍企業小委員会(チャーチ委員会)における公聴会で、ロッキード社の政界工作が発覚した。軍用機では屈指の大手ロッキード社も、大型ジェット旅客機の分野では、マグダネル・ダグラス社やボーイング社に遅れをとり、新開発のトライスター機の売り込みに必死になっていた。

 米での証言などから、日本の政界と商社・航空業界も大きく関与している事実が判明してきた。まもなく日本側でも国会を中心として激しい追及が行われ、何人もの財界関与者が「証人喚問」されるシーンは全国にテレビ中継された。陰のフィクサーとして児玉誉士夫小佐野賢治全日空側からは若狭得治社長、仲介した商社丸紅から檜山廣会長や大久保利春専務などが次々と喚問される。

 ロッキード社からの売り込み工作資金は複雑な経路を経由して、田中角栄を筆頭とする政界にも注ぎ込まれ、とうとう前首相の逮捕・起訴という前代未聞の事件となった。追及の過程では、幾つもの隠語・流行語が登場した。「ピーナッツ」「三木おろし」「ロッキード隠し」「フィクサー」「記憶にございません」「灰色高官」「怪死」「蜂のひと刺し」・・・いくつ憶えてますか?(笑)


(付記)
 ロッキード事件が起こった頃、田中角栄アメリカの利害にまで頭を突っ込んだため、ターゲットにされたという米国陰謀説が流された。しかし、最近の研究では、次のような偶然の結果でしかないと分かってきたようだ。

 米ではウォーターゲート事件が起こったため、関連周辺を徹底して洗いなおした。すると、ロッキード社の政界工作や不正経理が表面化してきた。ロッキードは米の主要な軍事産業なので、問題を調査するためにチャーチ委員会が上院に設けられた。
 その公聴会で、たまたまロッキード関係者の証言に田中角栄の名前が出てきた。当時のアメリカにとって、日本はただの金づるであって、軍事的には歯牙にもかからない存在でしかなかった。角栄を狙い撃ちなど、考えもしないことだった。

 日本での事件の解明は、商社丸紅ルートと全日空ルートに分けて進められた。前者はP3C哨戒機という軍用機の自衛隊導入問題、後者はトライスターという民間旅客機の売り込みだった。
 丸紅ルートは巨額の軍事費の関わる主要問題であったが、キーを握るフィクサー児玉誉士夫の死去などで告発にまで至らなかった。一方、全日空への民間機トライスター売り込みは枝葉の問題であったが、検察はメンツにかけても、こちらだけは立件した。
 当時幹事長だった中曽根康弘は、前者への深い関わりが取りざさされたが、無事切り抜け、後者との関係が立証された田中角栄は逮捕されることになった。

 
 

○4月 [カンボジア] ポル・ポト政権が誕生する
 ポル・ポトカンボジアでは中規模な自作農で育ち、宗主国フランスのグランゼコールに留学したことから超エリートとされることがあるが、グランゼコールは難関であってもあくまで職業技術学校であって、エリートインテリを養成する学校ではない。ポル・ポトも、それまでに高校入学に失敗したり、グランゼコールでも中途退学となっているように劣等生であった。結局ポル・ポトがフランス留学で学んだのは「共産主義」だけだったようである。

 現在のベトナムラオスとともにフランス領インドシナに属したカンボジアは、一時占領した日本軍が去ったあと、すでに国王であったノロドム・シハヌークは、戦後混乱のなか国民の支持を受け独立を達成した。シハヌークは「元首」を名乗り周辺諸国とバランス外交を展開した。「王制社会主義」と称せられたシハヌーク政権は、外交面では中立政策を守ったが、隣国ベトナムで苦戦するアメリカは「容共主義政権」とみなし、積極的な支援はしなかった。

 その最中に右派のロン・ノル将軍によるクーデターで、シハヌークは北京に追われた。アメリカはロン・ノル政権を支援ししたが、内乱のもとでジャングルに追込まれていたポル・ポト派クメール・ルージュ)が勢力を回復し、かつて迫害したシハヌークまでもがポル・ポトと共闘するに至った。米はカンボジアに侵入したベトコン勢力を一掃するためカンボジア地域も爆撃したが、これで生じた多数の難民は、反米共産主義化し、かえってポル・ポト派流入する結果となった。

 ベトナムと並びカンボジアでも、アメリカの失敗は明白であった。かくしてシハヌークの国民人気と、反ロン・ノル親米傀儡政権打倒を目指すクメール・ルージュは一体となり、ロン・ノル政権は駆逐された。シハヌークも名ばかりの元首に復帰したが、事実上の軟禁状態となり、ポル・ポト派による「民主カンプチア」が樹立された。

 この年のプノンペン入城直後から、ポル・ポトは「原始共産主義」に基づく異常な政策を展開し始めた。首都プノンペンの住民を一斉に地方へ移住させ、医師、教師など知識階級とみなされる者は徹底的に虐殺させた。眼鏡を掛けているというだけでインテリとみなされ虐殺されたという話もあり、挙句の果ては大人がみな殺されて、写真のような少年兵ばかりという状況も極端ではないぐらいであった。

 「すべてが平等で自給自足、格差の一切ない社会」、このような妄想された原始共産社会などは、歴史上のどのような原始社会にも実在しなかったというのがいまや定説である。たった一人の男の脳内で形成された「理想」が、実際の権力を荷って実行された時に何が起るか。それは、ヒットラーの教訓も空しく、繰り返されたのである。「独裁」とは、かくなる悪夢を惹き起こす。


 


(付記)
 「孤立化した集団は野蛮化する」といった定式を考えている。バトルロワイヤルみたいな孤島での実験小説では、閉鎖された孤島でお互いに殺戮しあうということ。外部性が少しでもあれば、それを仮想敵として集団を維持できるが、多様性を失い野蛮化する。
 トランプの根源的支持層と言われる、ヒルビリーとかレッドネックと呼ばれる野蛮化した「負け犬白人」たちは、よそ者を敵視する。「イージーライダー」のラストで、バイクで疾走するデニス・ホッパーたちを、意味も無くライフルで射殺したようなオヤジたちみたいな奴らだ。http://d.hatena.ne.jp/naniuji/20170203

 あれは、ドロップアウトして自由な生活を求めるヒッピーと、孤立化して野蛮化した負け犬白人という、対照的なグループを象徴するシーンだ。ポルポトも、ジャングルで孤立してゲリラ化した時に、そういう原始性をはらんだのだろう。そして、カンボジアシュメール人のすべてを原始化しようとした。この時点で、狂人だ。
 「地獄の黙示録」のカーツ大佐なども、この原始化という延長線上で理解できるのではないか。

 
○5月 [北極圏] 植村直己が北極圏単独走破に成功する

 世界初のエベレスト登頂をめざしたジョージ・マロリーは、なぜエベレストに登るのかと問われて "Because it's there." とこたえた。これは「そこに山があるから」と訳されて、登山一般に該当する名句として一人歩きした。

 ゲーテの最後の有名な言葉「もっと光を!」もそんなもので、いまわの際に、そこのカーテンを開けてくれと言っただけだとも言われる。

 世界初の五大陸最高峰登頂者 植村直己が、アラスカの最高峰マッキンリーで行方不明になったというニュースに接するときも、凡人としては、そのような問いを発したい衝動に駆られる。「君は何故そんなに冒険をおかすのか?」

 植村の五大陸制覇以上にその偉業を示すものが、この時の人類史上初北極点単独行であろう。その後も植村は、エベレストの厳冬期登頂や南極点単独犬ぞり探検などを企てたが、偶発的な事故や事件により事前に断念を余儀なくされる。

 そして'84年、世界初のマッキンリー冬期単独登頂を目指したが、その下山途上で行方不明となる。山頂付近には間違いなく植村が立てた日の丸があったが、その後の捜索によってもいまだ植村の遺体は発見されていない。

 
 
○9月 [北海道] ソ連のミグ25戦闘機が函館空港に強制着陸する 

 9月6日、ソ連軍所属のMiG-25戦闘機が、いきなり函館空港に近付いてきた。超低空飛行で進入してきたため、当時のレーダーでは補足できず、そのまま強制着陸した。航空管制から警察と自衛隊に通報、両者が駆けつけたが、「領空侵犯は自衛隊だが、空港に着陸した場合は警察の管轄」という理由により、封鎖された現場から自衛隊員は締め出された。このように、日本の防空体制の現実的な不備・不整合が明らかになった。

 MiG-25は当時ソ連の最新鋭機で、マッハ3の超音速で飛ぶとされその機能はベールにつつまれており、その機体機密保持のためにソ連特殊部隊が奪回に来るという噂が流れた。自衛隊にも緊張が流れたが、有事宣言のないまま函館空港に待機する訳にも行かず、周辺基地などで臨戦に備えた。

 ベレンコ中尉は米国への亡命を希望し、米国も受け入れを表明。軍事スパイなどが関わる緊迫事件かと思われたが、ベレンコさんの亡命理由は、ソ連軍での待遇の不満と妻との不和という、なんとも脱力的な理由だった。

 米軍にとっては「濡れ手に粟」で、ベールにつつまれていた敵新鋭機を調査できることになった。調査の結果、機体はステンレス鋼板でマッハ3の飛行には耐えられないこと、内部電子システムは真空管が多用されているなど、これも脱力的な事実が判明した。


 
 
*この年
ジョギングがブームに/洋凧流行/スナック・パブが急増/ポルノ雑誌の自動販売機が問題化/戦後生まれが総人口の半数
を超える
【事物】ロングライフミルク/コインランドリー/婦人用ミニバイク「ラッタッタ」/ファンシー商品
【流行語】記憶にございません/はしゃぎすぎ/ピーナッツ/灰色高官
【歌】およげ!たいやきくん子門真人)/北の宿から(都はるみ
【映画】愛のコリーダ大島渚)/タクシー・ドライバー(米)
【本】村上龍限りなく透明に近いブルー」/司馬遼太郎翔ぶが如く