【異空間伝説06「異国・異界・境界」】

 

<外国>
 『試着室ダルマ』のところでふれたが、主人公の若い女性はヨーロッパなどの都市の試着室からつれ去られ、東南アジアやアラブ世界などの第三世界でダルマとなって発見されることが多い。ここで、われわれ日本人が抱く「外国」には、対称的な二つのイメージがあるのが容易に想像される。

 明治維新以来尊敬と模倣の対象としてきたエキゾチックな西欧世界と、一方ではわれわれがそこからの脱出を目指した遅れて野蛮な第三世界。もちろんこれは正しい事実認識ではないが、「脱亜入欧」のスローガン以来われわれの意識に沈潜している「二つの外国」イメージであることは間違いない。

 うら若い女性が手足をもがれた悲惨な姿にされるという落差とともに、あこがれの対象である西欧から妖しげな第三世界へ売り飛ばされるという、噂の舞台のもつイメージの落差も物語の印象に寄与しているといえよう。『オルレアンのうわさ』の登場するユダヤ人が特殊な意味をもたされているのと同じように、物語の本筋にひそませるかたちで無自覚な差別意識に訴えかけるような舞台装置が仕組まれている。
 


 このような「あやしげな外国」のもつ意味を指摘した投稿を引用して、その投稿者の見解に賛意をしめしておこう。

『怪しく怖い外国』
《 ドイツのフォークロアにも「海外旅行で妻子が行方不明になる」「病院で臓器を抜き取られる」といった「だるま」の類話の一群があります。これらの舞台は、あちらではトルコ、モロッコなんですよね。
   日本 −− 東南アジア(含・香港)
   欧州 −− 近東、アフリカ
  (米国 −− 中南米
といった「身近だか何か怪しい、怖い外国」の対応関係があるような気がします。》

 

 かつての伝統社会での伝説では、自分たちと異なった生活文化・風土をもつ人々が異人や妖怪として排除の物語に組み込まれることが多かったが、世界のグローバル化とともに「あやしげな外国人」が第二の異人とされる可能性も増大していくのであろうか。
 

 国民性、文化風土のちがいが下敷きになった噂を、二つほど紹介してみよう。

『香港で食べられたペット犬』
《 そうそう、電子レンジに猫といえば、「イギリスから香港にペットの犬を送ったら『おいしくいただきました』と、お礼状が返ってきた」というのも、「伝説」なんでしょうか。》
 

インドネシアのラード』
《 1〜2年前、インドネシアの回教徒の間で、某食品メーカーの製品に、ラード(豚の脂)が使用されているという噂が立ちましたね。回教徒が大多数を占める国のことですから、インスタント食品であっても、パッケージにはおそらく「ハラル済み」マークが入っていたのではないかと思います。不買運動が起きたり、何かと大騒ぎになり(ああ! どういう騒動が起きたか忘れてしまいました)、とうとうイスラムの高位者がテレビ出演して、そのメーカーの食品を食べてみせ、「安全性」を保証する、というオチがつく事件でした。
 このメーカーというのがご存じの通り華僑経営で、一連の噂は常日頃からの華僑への反感が作り上げたもの、というのが当時のマスコミなどの見解でした。
 このころ、「市場の食品にラードを入れる女性がいる」という別な噂も流れ、誤解を受けてけがをさせられた若い女性の記事を読んだこともあります。》
 


<異界>
 日本国内でも、特殊な場所やその住民を噂の素材にしたものがある。もちろん、この手の噂には差別意識を土台にしたものが多く、その取扱いには慎重を期さなければならない。今回の試みでは、パソコン・ネットという開かれた場なので、露骨に差別的な噂は遠慮されたかとおもわれる。しかし、その種の噂が影で根づよくかたられているのも事実であろう。となれば、噂と差別の切り離しがたい関係にメスをいれるのも大きな主題となる。
 

 次の投稿はその種の噂だとおもわれる。ことの性格上、投稿者もかなり慎重に扱っているので引用してもゆるされるであろう。

『当たられやすい土地』
《 私が,当地に引っ越してきて,衝撃だった<噂>です。これは,今でも生きています。
 私の家から,A地内をとおって,B地に通じている道があります。その道を走るときはA地内では,最徐行しなくてはなりません。いつなんどき人があたりにくるか解らないからです。あたられたら,ひと身上なくなるからです。
 この,20年間に,この道の,この部分で,事故は起こってないようですが,そういえば,例の<当たりやグループ>ファックスのときにも,車にのっているのは,ここの人だといわれていました。40才ぐらいから上の人は,ほとんど知っているようです。表立って言われることはありませんが,,,》
 

 北海道や沖縄がその歴史的経緯から、本土とは異なった特殊な異界として噂の舞台とされることもある。たとえば、簡単な笑い話のたぐいであるが。


『北海道の幽霊標識』
《 北海道には?の標識があって、意味は「幽霊が出るので注意」
 「クマが出る」は、私も見たことがありますが。》
 

 また東京都心のど真ん中、風俗化し無国籍化しつつある新宿歌舞伎町のような街も、異界として噂の恰好の舞台となる。

『歌舞伎町で目が合ったら香港に』
《 ある女子大生(話してくれた子の、例によって友達の友達)がたまたま夜の歌舞伎町を歩いていたら、一人のヤクザと目が合ってしまった。次に気が付いたとき、彼女は香港にいた。(10年前、女子大生)》

 無国籍化した街とあやしげな第三世界とが、闇の地下水路でつながっているかような想像をさせる噂である。
 


<トンネル・川>
 異人や妖怪が棲むと空想される世界を異界だとすると、それらのもっとも登場しやすい場所はわれわれの住む世界と異界のあいだにある「境界」であろう。それらの境界は、かつての伝統的な地域社会では国境などにある峠や川であったことが多い。したがって妖怪なども、そのような峠や川によくあらわれた。

 そのうちでも峠は、近年の道路整備などにともない多くがトンネルでバイパスされるようになった。とすれば、出没する妖怪・幽霊のたぐいもそのトンネルに移行していることが想像される。たしかにトンネルにまつわる現代伝説は、あちこちに多くみられるのである。

 トンネル伝説の中でも代表的なのが、バイク仲間でささやかれる幽霊の噂である。薄暗いトンネルの中の冷気に直接肌がふれるバイクのほうが、自動車よりも霊と遭遇しやすいということはうなずける。
 

『重くなる二人乗りシート』
《 徳島県のどこかのトンネル。夜中。原付で集団で走る高校生4、5人。トンネルの中で前を走るKの後ろに誰かが乗っている。誰か友達だろうと思ったが、次に見るといなくなっていた。
「おい、さっき誰乗せてた」と聞くと、
「ええ?おれずっと一人だ」とむきになって否定する。
「確かに誰か乗っていた」と重ねて主張すると青くなって、
「実はトンネル通ってからな、後ろの荷台重かったんだ。気のせいかと思ってたけど」》
 

 この種の自動車やバイクにまつわる噂は、つぎの『カー伝説』の章であらためて取りあげる。ほかにも二つほど、トンネルに出る幽霊の例をあげておこう。


『トンネルの幽霊』
《 幽霊がでるという場所
S賀県 K津大崎   いくつかあるトンネルの一つ
    H根市大君畑 旧さめトンネル内(?)
 いずれも,たっているだけだが女の幽霊がでるという》
 

『トンネル(元峠)の幽霊』
《 山梨県でのお話です。私も詳しい場所は忘れてしまいましたが(むかし習ったのに(;_;))、太宰治が・・・には月見草がよく似合うなどと言ったというお茶屋さんの横のトンネルのなかで幽霊が出るそうです。友人の友人が俗に霊感が強いというような人で見えたそうです、その人はよくあそこにいるとか言うそうですが(^_^;)》
 

 峠やトンネルと並んで、川も境界とされやすい地形であろう。そして、その境界を往来する場所にはおもに橋がある。となれば、橋にまつわる噂が多いのも当然であろうか。

『嵐山渡月橋は振り返れない』
《 この「渡月橋」は「十三参り」に行くとき渡るので有名ですね。お参りで橋を渡るとき「絶対に振り向いてはいけない」という言い伝えがあります(親から聞いたような)。振り返ったらどうなるかは聞いた記憶がありません(だれか知らない?)。自分がお参りするときには振り返ってみてやろう、と企んでいたんですが、どうも連れて行ってもらえなかったようです(^^;。
 その後トシゴロになってからこの橋を渡るときには、ベッピンサンを見かけるたびに「振り返って」しまうのは、この時の怨念からでしょうか(^^)。》

 十三参りでは一般に「振り返ってはいけない」と言われるが、とくに橋で振り返れないとなると別の意味が付加されているのかもしれない。橋は境界のこちらからあちら側に渡っていくことになるから、境界を越えるときの特別な儀式としての意味あいを考えてみてもよいだろう。
 

 また、流されやすい橋のために人柱がたてられたという伝説も各地にあるだろう。

錦帯橋の人柱』
《 たしか、岩国の錦帯橋の話だったと思いますが、この場所にかかっていた橋がすぐに流されてしまうので、通りかかった座頭を人柱にして橋をつくったとか、あるいはそれを止めさせるために、流されない構造の橋を考案したとか。》
 

 これらの橋にまつわる話しは、伝統的な噂の範疇に入れておいてもよいだろう。では峠がトンネルに移行したように、現代伝説としての橋はどのように変化したのだろうか。これはあくまでも仮説であるが、高速道路のような橋脚をもった建造物が「あらたな橋」として噂の素材となるかもしれない。あるいは車の流れを水とたとえれば、高速道路自体を境界をつくる「川」と見なしてもおかしくはないであろう。高速道路に出る妖怪の例をひとつあげる。

『高速並走老婆』
《 誰に聞いたか忘れましたが、北陸道滋賀県福井県の境あたりには、夜、高速で走る車に併走する老婆がいるそうです。もちろん老婆というのは高齢の女性で、何とかローバーの類ではありません。》
 

 最後に、噂ではなく創作の中の話ではあるが、川のもつ境界性を象徴するような逸話をあげてつぎの話題ににうつろうとおもう。

土左衛門の押しつけあい』
《 つかこうへいの戯曲(そして小説も)に、こんな逸話が載っていたのを思い出しました。
 戸田橋付近(東京都と埼玉県の境界をなす荒川にかかる橋)に水死体が流れ着き、その死体を、警視庁と埼玉県警とが、竹竿で押し合って、相手方の事件にしようとする話なのですが。
 これを読んだ時には、大笑いしてしまいました。毎日、通勤で通っていることもあって、身近に感じられたからかも知れません。川上から流れ着いた土左衛門は、捜査も難しいのでしょう。まあ、お役所仕事で、面倒を回避したいという気質を風刺したものでしょうが。》
 

*『現代伝説考(全)』はこちらから読めます
http://www.eonet.ne.jp/~log-inn/txt_den/densetu1.htm