【叡電都市伝説の旅】

叡電都市伝説の旅、路線図】


 右の路線図は、京都人にはなつかしい叡電嵐電です。もともと両路線ともに京福電鉄でしたが、叡電は独立して京阪電鉄の子会社になってるようです。叡電沿線は、さまざまな心霊スポットや都市伝説の宝庫です。これから幾つかを取り上げてみる予定ですが、みなさんもご存知の話があればよろしく。

 ちなみに、京福電鉄自体が謎の電鉄会社でして、その名のとおり京都と福井に路線を持っています。で、その路線はまったく繋がってません。さらに京都の嵐電叡電も、路線が繋がってないばかりか、そこを走る車両もテンでバラバラ、なんとも不思議な会社でした。わたしらは、まとめてボロ電と呼んでましたがw


叡電都市伝説の旅、その一 出町柳


 まずは起点となる出町柳。「桜の樹の下には屍体が埋まっている」というのは、梶井基次郎の短編の有名な冒頭の一節ですが、出町柳の柳の下には幽霊がデル!

 ということならよかったんですが、そもそも出町柳の柳は、戦前のあの室戸台風で倒れて無くなったそうです。しかも出町柳と言う駅名は、鴨川西側の「出町」と東側の「柳(柳の辻)」を合わせて適当に付けただけらしいw

 なんとも冴えない出町柳編でした(笑) ちなみに、梶井基次郎の名編「檸檬」の舞台となった河原町丸善書店もなくなりましたネ
*写真1:京阪と統合前の出町柳駅
*写真2:賀茂川と高野川の合流点から出町柳を望む


叡電都市伝説の旅、その二 一乗寺・修学院編


 叡電一乗寺駅で降りて曼殊院道を東に向かうと、宮本武蔵が吉岡一門と闘ったという一乗寺下り松に当たる。その道を左に折れて山手に向かうと曼殊院がある。

 初めて足の無い幽霊を描いたのは円山応挙だと言われているが、実はこの曼殊院にもおそろし幽霊画があったのです。滋賀県の本来の持ち主から、祟りを解くために預かってたとかで今は無いようです。

 写真左は応挙画と言い伝えられる幽霊で、ふくよかでやさしささえ感じられる。右が曼殊院にあった幽霊の掛け軸で、こちらはおどろおどろしい様子をしている。怖がりの人は見ないでね、ってもう見ちゃったかw
 
(追補)
 曼殊院門跡から山裾に沿って北に行くと修学院離宮がある。そして、さらに少し北に「赤山禅院」がある。天台宗延暦寺の別院(塔頭)の一つで、本尊は泰山府君赤山大明神)。いくつかある比叡山登山口のうち、この雲母坂(きららざか)の登山道は千日回峰行の荒行の一つであり、山頂への最短経路であるだけに、その登り坂は急である。

 赤山禅院は、京都御所から見て表鬼門(東北)に当たるため、方除けの神として、古来信仰を集めた。拝殿の屋根の上には、鬼門を守護する猿が置かれている。この猿は、京都御所の東北角の猿ヶ辻の猿と対応して鬼門を守っている。御所の東北角の塀は鬼門封じとして角が欠かれていて、その屋根下に猿が閉じ込められている。

 そもそもこれらの猿は、延暦寺の守護社「日吉大社」の神の使いの猿だとされる。そもそも比叡山延暦寺こそが、平安京の鬼門鎮護のために設けられたものである。つまり、御所猿が辻・赤山禅院延暦寺日吉大社、三重に平安京の鬼門守護が固められているのだという。


叡電都市伝説の旅、その三 宝ヶ池・深泥ヶ池編


 京都国際会館ができるまで、京都松ヶ崎方面からは岩倉に抜ける道が無かった。やがてトンネルができて、写真にあるような岩倉の国際会館方面に抜けられるようになった。背景の比叡山と国際会議場という絵葉書のような池で、デートして遊覧ボートを漕ぐというのは夢のような世界(笑)

 だがしかし、この場面には落とし穴があって、実はこの「宝ヶ池」でデートしてボートに乗ると、必ずそのカップルは別れるという都市伝説があるのです。どなたか経験者はいませんか?w


 叡電路線からは離れるが、宝ヶ池とひと山はさんで西には、「深泥ヶ池」(みぞろがいけ・みどろがいけ)がある。陽の宝ヶ池と対比的に、深泥ヶ池は陰、昼間でも薄暗く、どんよりと漂う水には古代からの植生群などが残っていて、底なし沼のような不気味な雰囲気が漂っています。

 ここには、「タクシーで消える女性客」と呼ばれる都市伝説が噂される。深泥ヶ池と指定されて、近くまでやってくると、今まで乗っていた女性客が消えていて、座っていた後部シートには、しっとりと水だけが残されている、という(笑)

*「縁切り伝説」に関してはこちら http://d.hatena.ne.jp/naniuji/20160409
*「深泥ヶ池伝説」はこちら http://d.hatena.ne.jp/naniuji/20151223



叡電都市伝説の旅、その四 岩倉編

 北区で生まれ育った子供のころ、岩倉というと精神病院の代名詞として使われて暗いイメージだった。当時は差別的で、親たちは子供をしかる時に、岩倉へ放り込むよと言っておどした。


 その昔、精神を病んだ人たちは、狐がとり憑いたと考えられ「狐憑き」と呼ばれた。その狐を祓ってくれると評判の岩倉観音に、藁にもすがる気持ちで集まってきたのであろう。やがて、そういう人たちの集まった場が治療施設となって、いまでは近代的な精神病院となっている。

 国際会館ができる昭和40年代までは、山向こうの小盆地の村落というイメージだったが、その後開発が進んで、すっかり近代的な街になっている。地下鉄終点の国際会館駅ができ、プリンスホテルや精華大学、同志社中学・高校も整備されすっかり明るい住宅街となっている。


(追補)
 東に比叡山を望み岩倉五山の一つで、「一条山」という約60mの小高い山があった。この一条山に対して、京都市内の開発業者が、1980年ごろに宅地造成許可を得て工事を開始した。当時は宅地ブームで乱開発が目立った時期、ここも開発許可を無視した工事が行われ、見るも無残な「モヒカン山」となってしまった。

 この地形を無視した開発で、近隣の気流が変わり早死にする老人が増えたと、当地では噂された。その後訴訟沙汰になって、現在では一条山の一部を残す形で、立派な高級住宅地となっているようだ。

*写真は、「狐憑き」、「岩倉観音のある大雲寺看板」、「岩倉駅近くを走る叡電比叡山」、「モヒカン山



叡電都市伝説の旅、その五 貴舟口編

 夏場には、貴舟川の清流に川床が設けられて、流し素麺や川魚の天ぷらなどが味わえます。賀茂川の川床とちがって、こちらは自然の冷気と蝉しぐれに囲まれて、エアコンのない時代には天国でした。


 一方、山上の貴舟神社に向かうと、そこはまさしく異界の空気がただよっています。そして、あの「丑の刻参り」が今でも行われているとのことで、裏山には木に打ち付けた呪の藁人形も見られるとかw

 「貴舟川清流の川床」、「鬼気迫る夜の貴舟神社」、そして「呪の藁人形セット」、ご注文はこちらまで、ってヲイ!(笑)
 

叡電都市伝説の旅、その六 鞍馬編
 

 いよいよ叡電鞍馬線の終点に着きました。駅をでるとでっかい天狗のお面が「ようこそ鞍馬へ!」と出迎えてくれます(写真1)。子供のとき、この天狗の鼻の先に座ってみたくてたまりませんでしたw 平氏の追っ手から逃れて鞍馬山に預けられた源義経、幼名牛若丸が、天狗と修行したという逸話は有名ですね。


 鞍馬山鋼索鉄道という難しい名前のケーブルカーに乗り継いで鞍馬寺に登れますが、これは日本で唯一、宗教法人経営になる鉄道会社だそうです。寺本殿の前に着くと、そこには日本有数のパワースポット(写真2)。最近はブームで、外人さんも目指して来るそうな。


 秋には、京都三大奇祭の一つ、鞍馬の火祭り(写真3)。闇夜に燃え上がる松明が映えて勇壮な夜祭です。鞍馬から通って来ていた高校の同級生が、祭りの義経役になったとか聞いたこともありますw

 鞍馬の天狗をテーマにした創作作品も幾つかあります。アラカン(嵐勘十郎)十八番の大仏次郎原作「鞍馬天狗」は、直接の関係が無いようです。能の「鞍馬天狗」(写真4)は、鞍馬の天狗と牛若丸の友情物語。今様にいうと、一種のボーイズラブ・ドラマですね(笑)


 以上、叡電都市伝説の旅シリーズ、おそまつでした。