現代伝説考02

誰もいない学校の廊下・・・

2.学校・寮・下宿
2-1.学校
 ここでは、学校・寮・下宿といった同年齢同質的な人間のあつまる場所での伝説を取りあげてみよう。

 学校の噂話が、一冊の書物にもなるぐらい("1)たくさんあることには注目すべきだろう。全国の公立小中学校はほぼ同じような造りになっていて、そこに同年齢の同質的な生徒たちが長時間をすごしている。かつての伝説をうみだした閉鎖的な地域共同体が崩壊したいま、その疑似的な機能を学校がになっているとも考えられる。

("1)『学校の怪談口承文芸の展開と諸相』常光徹 著(ミネルヴァ書房1993)

 ただし、伝統社会で長老から子供へ語りつたえられたような垂直的な関係はなく、子供どうしのあいだで水平的な共鳴現象をおこすような形で伝播していくのが大きな特長である。さらに、TV雑誌などのマス媒体が仲介して全国に転移していく。そしてその受け皿となる学校には、全国どこへいっても同じような構造のトイレや理科室などが造られていて恰好の怪談の培養地となる。

 典型的な学校怪談としては、さきにふれた「トイレの花子さん」「赤い紙青い紙」「赤マント青マント」などのほかに、つぎの「こっくりさん」もあげられる。

『#191-13こっくりさん
《先にご紹介した『怪談の心理学』の中に書いてあったのですが、本当にこっくりさんは流行りましたよね。小生が小学生の高学年の頃ですから1970年代なのですが、この本にも昭和48年からの流行の報告がされていました。何でも、この流行の発信元が群馬県だったというのです。群馬県のお隣の埼玉県でも、小生たちがこっくりさんを同じ頃やっていたはずで、どうも眉唾ものですが、どんなものでしょうか。あの頃、こっくりさんをはじめたきっかけは、少年まんが誌に連載されていた『恐怖新聞』や『うしろの百太郎』に載っていたからだったと思うのですが、いかがでしょうか。『漂流教室』も怖かった!》
 この投稿には具体的な流れは書かれていないが、子供たちが机の上においた硬貨などに指を重ねあわせてじっと神経を集中しているとその硬貨が動いたりするといった話である。その結果、だれかに「こっくりさん」がとり憑いたといって、一種の集団催眠のような現象がおこる。このように、同質的な集団が共鳴現象をおこして恐怖を増幅していくのが学校怪談の特長であろう。

 この恐怖の源泉は、閉鎖空間に同質集団が閉じこめられているという状況自体にあると考えられる。同質的な集団はその内部自体のみでは活性化しにくいし、また内部にはストレスなどの圧力がたまる。外部との直接的な交流があればこのような状況は解消されやすいが、そうでない場合には内部的に「異者」をつくりだしてその代替とする傾向がある。

 特定の仲間を「徴つき」の異者と見なしてしてひき起こされる、いわゆる「いじめ問題」などはそのような構造をもっていると考えられる。積極的に異者をつくりだしかつ排除することで、同質集団は活性化されたりまた緊張も放出されたりするのだろう。伝統的な閉鎖社会ではそれが固定化されて異人や妖怪の伝説になっていたこととの相同性をみれば、学校伝説のはたしている機能もうかびあがってくるとおもえる。

 「こっくりさん」の例でいえば、だれにでもこっくりさんがとり憑く可能性があるという前提のゲームである。そのようななかでお互いが牽制しあいながら「徴つき」をつくりだすといった不安とスリルが、この噂を成りたたせていると考えられる。

 また学校のトイレのような妖しげな密室は、異界との境界であり通行の接点とも見なせる。そのような場所に、異人としての「トイレの花子さん」や「怪人赤マント」はあらわれるのである。もちろんこのような異人は外部からの闖入者などではなく、そこに生活する同質集団の不安の投影にほかならないであろう。

 以上はまだ性的な意識が顕在化しない小学生などに多い事例であったが、これに性意識がくわわると恐怖というより艶笑小咄ふうの噂になってくる。かといってただの笑い話でもなく、まことしやかに伝えられなかば信じているような雰囲気もただよっている。そのような事例をあげてみよう。

『#118-1保健室エッチ』
《私の小学校から中学校時代に根強くあった噂です。
「H中で、生徒同士が保健室でSEXしていて、抜けなくなって救急車で運ばれた」というものです。これは「H中事件」として固有名詞化していたほど、ポピュラーな噂でした。東京都大田区の中学校です。
で、高校に入って同級生にH中の卒業生が居たので訊いてみると、
「それはN中事件だろ」
と言われました。どうやら当のH中では、N中であった事件として噂されていたようです。ちなみに私はS中でした。》
 具体的な学校名をそえて語られているところに、半分は事実として信じられていることがうかがえる。また学校の保健室というのも理科室・音楽室・体育館などとともに、噂の発生しやすい特殊な空間だということも指摘しておこう。

 これが女子高ともなると妊娠出産の不安ともからまって、切実さと滑稽が同居してくるようでもある。

『#396-1女子高のうわさ』
《「女性のなかで流通している特有の噂」というもので、女子高などで聞く「避妊または妊娠にまつわるもの」というのをころっと忘れておりました。
「事後にコーラで洗浄する」
「飛び跳ねる」
という避妊法!を聞いたことがあります。今の高校生はこんなこと信じてるかしら。
また、「顔つきがきつくなると胎児は男」「お腹がとがった形になると胎児は男」などというのも、年配の女性がしたり顔で言ったりします。
週刊女性雑誌で、「出産」にまつわる記事は人気があるようです。有名人のであれ、一般人のであれ。出産したことはありませんが、一種臨死体験のようなところがあるんでしょうか。とても特殊な時間帯というかんじがします。
ところで、水子地蔵というのはつい最近始まった風習(商売?)なのでしょうか?》
2-2.寮・下宿
 学生などの寮や下宿も、同年輩の単身者が同じようなつくりの個室で生活するという同質性をもっている。若者のひとり暮らしということでそれなりの孤独感が強いであろうし、自殺者なども比較的でやすい環境にある。また同じような構造の生活空間にあるということは、噂を共有し伝えやすいともいえる。

 自殺者を発生源にした噂を二例をあげる。まずは、開かずの間という「いわく因縁」に結びついた事例から。

『#83-2学生寮の開かずの部屋』
《 今から7年ぐらい前の話
S賀大の,学生寮が芹川河口の橋の右岸に建っています。
そこの103号室は,昔そこで自殺した学生がおり,私が学生の頃誰も入っているものがいなくて,ドアーが開かないということです。
 話者 30才ぐらいの男性》
 また自殺者の幽霊がでるというのも典型的な噂であり、それが現在寮として使われていない理由になったりもする。

『#117-1元女子寮の幽霊』
《資料館の幽霊
現在資料館として使われている建物は以前は女子寮だったそうで、二人で一部屋の普通の寮でした。
あるとき、作品のアイディアを盗んだとか盗まないとかで同じ部屋の二人が争い、疑われた方の女学生が自殺したそうです。
以来、幽霊がでるとか。》
 自殺者以外の噂もひとつあげておこう。

『#23-4押し入れから手が』
《そういえば、下宿してる時代の話しを思い出しました。ワンルーム・マンションなんかない頃ですから、襖ひとつで仕切られた下宿屋です。下宿のおばさんが、ときどき気をきかして学校へ行った下宿生の部屋を掃除してくれてたんですが、ある学生の部屋の押入から、どうも変な匂いがする。空けてみると、ダンボール箱の中から人間の腕が、にゅーーーっと・・・。
 もちろん、おばさんは腰を抜かしてフガフガー(^^)。医学部の学生で、解剖実習用の「腕」を持ち帰ってたそうで、そこの下宿生の間だけでで「ローカル伝説」となってたようです。》
 学生寮・下宿ともに人の入れ替わりははげしいが、先輩から後輩へと語りつがれて独自のローカル伝説を形成する。このような噂を共有することで、めでたく共同体の一員としてみとめられるのであろうか。古老から子供たちへと語られたかつての在郷伝説の、ある種の縮小版とみなしてもおもしろいとおもえる。