【異空間伝説01-2「トイレ」】


 トイレという場所も、部分的にであれ肌をあらわにする密室である。今回の投稿にはトイレに関する噂は比較的少なかったが、古くには、カワヤの神さまが現れるとか河童にシリコダマをぬかれるといった数多くのカワヤ伝説があった。この河童伝説と関連がありそうな話をひとつあげてみよう。
 
『トイレの手』
 《 熊本市内のI商業高校のトイレから夜中に手がにゅうっと出てくる。そんな話しがあって、ある人が確かめてやると、そのトイレで手が出るのを待ち受けていました。やがて、話しのとおり、便器の中から手が出てきたそうです。そこでその人は手を掴んでおもいっきりひっぱたら腕だけが抜けて来たそうです。とれた腕を良くみるとその手は、猿の手だったとか。》


 便器からでてきた猿の手というのもある種の妖怪にちかく、シリコダマをぬきにくる河童と共通性がある。ひとむかし前まで、民家のトイレは母屋から廊下づたいにはなれた場所にあったり独立した小屋であったりした。そのような薄暗い個室で不安定な姿勢で尻をだしていたりすれば、気味のわるい妖怪がせまってくるような妄想をいだいてもおかしくはない。そのような雰囲気のなかで、さまざまなカワヤ伝説がうまれたのであろう。

 ところが現代の住宅では、日常の生活の場に明るく清潔なトイレがしつらえられている。かつてのような汲み取り式ではなく清潔に水洗化され、洋式の座式が大勢を占めさらにはシャワー式洗浄器なども普及する時代である。このような環境では、もはや妖怪たちは棲息する余地もないだろう。たしかに、現代は妖怪には棲みづらい時代となっている。
 

 そんななかで、学校にだけはいまでもトイレ伝説が命脈をたもっている。上記の話も高校が舞台であるが、どちらかというと小中学校の子供たちのあいだで活発な噂が語られている。いわく「トイレの花子さん」、「赤い紙青い紙」、またその変種とおもえる「赤マント青マント」などなど、このような話が現実的な恐怖感をもともなって流されているのである。

 噂を形成しやすい学校空間の特殊性はあとでふれるとして、投稿された「トイレの花子さん」の例を引いてみる。

トイレの花子さん1』
 《 小学校の 1年生用のトイレの北から2番目の個室は,普通に使っているとなんともないが,<はなこさん>とよびかけると,なかから誰かが返事をする。 誰も確かめた人はいない。 小学校にいる時,普通に言われていた》

 雑誌などにもよく紹介されている有名な怪談である。そういう意味では、二次情報が全国的に展開されている例ではある。しかし大半の子供たちは、あくまでもそれを噂として耳にし、また口づてにつたえていくのである。そのようすを示す証言をあげておこう。


トイレの花子さん2』
 《 今日トイレの花子さんに関する簡易アンケートを実施しました。5中学のうち2中学で、噂の存在を確認しました。一つの中学では、理科室にいってからトイレにいくと、花子さんが出現するということでした》

『赤い紙青い紙』
 《 「赤い紙,青い紙」の噂は きいたことがあるというこが数人いることもわかりました》
 

 ついでにもうひとつ、なんでもない話ではあるが。

『トイレの変なおじさん』
 《 そういえば、中学の頃、一人でトイレに行くと変なオジサンがオチンチンをのぞきにくるという伝説がありました(これは西宮ですが)。学校の理事だという話しも出ていましたが(^^;)》

 ここで出てくるのは妖怪ではなく、ちょいと変なおじさん、すなわち変人奇人である。さきにふれた「トイレの花子さん」や「赤マント青マント」もその姿は具体的には報告されていないが、なにがしか人の姿かたちをしていることが想像される。すくなくとも、河童などのように他の動物をグロテスク化したような妖怪の姿をしていることはない。

 現代の伝説では、かつてのように自然と密接なつながりをもって空想されたような、動物の姿をデフォルメした妖怪はあまり登場しない。有名な「口さけ女」にしても、戦前から存在していた「怪人赤マント」にしても、あくまで怪人・奇人・変人の系列につらなる「ヒト」であるとみなせる。妖怪よりも人間そのものが恐怖化の対象とされやすいところに、現代人の心性が見いだされるようにおもわれる。
 

 話題をトイレにもどすと、一般家庭のトイレは明るく快適になりもはや怪談の発生の余地はなくなった。そして、学校のトイレのような公共性のある場所で、しかも閉鎖的な同質集団が利用する特殊な状況でのみ怪談が発生するのであるかと考えられる。しかもそこに登場するのは、かつてのように自然との境界に棲息するような妖怪ではなく、人間そのものが恐怖化されて表象されているかのようにおもわれる。
 

*『現代伝説考(全)』はこちらから読めます
http://www.eonet.ne.jp/~log-inn/txt_den/densetu1.htm