『村上春樹風に「無」について語る』
『村上春樹風に「無」について語る』(また、おちゃらけ擬文を作ってみたくなったw)
完璧な「無」などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。
六月にデートした女の子とはまるで話があわなかった。
僕が南極について話している時、彼女は「無」のことを考えていた。
「無」の目的は自己表現にあるのではなく、自己変革にある。
エゴの拡大にではなく、縮小にある。分析にではなく、包括にある。
「ね、ここにいる人たちがみんなマスターベーションしているわけ? シコシコッって?」と緑は寮の建物を見上げながら言った。
「たぶんね」
「男の人って「無」のこと考えながらあれやるわけ?」
「まあそうだろうね」と僕は言った。「株式相場とか動詞の活用とかスエズ運河のことを考えながらマスターベーションする男はまあいないだろうね。まあだいたいは「無」のことを考えながらやっているんじゃないかな」
「スエズ運河?」
「たとえば、だよ」
「「無」?」と僕は聞いた。
「知らなかったの?」
「いや、知らなかった」
「馬鹿みたい。見ればわかるじゃない」とユキは言った。
「彼にその趣味があるかは知らないけど、あれはとにかく「無」よ。完璧に。二〇〇パーセント」
僕が三番目に寝た女の子は、僕のペニスのことを「あなたの「無」」と呼んだ。
そして今日でもなお、日本人の「無」に対する意識はおそろしく低い。
要するに、歴史的に見て「無」が生活のレベルで日本人に関わったことは一度もなかったんだ。
「無」は国家レベルで米国から日本に輸入され、育成され、そして見捨てられた。それが「無」だ。
「無」は盲のいるかみたいにそっとやってきた。
「それはそれ、これはこれ」である。
ボートはボート、ファックはファック、「無」は「無」である。
「どうせ「無」の話だろう」とためしに僕は言ってみた。
言うべきではなかったのだ。受話器が氷河のように冷たくなった。
「なぜ知ってるんだ?」と相棒が言った。
とにかく、そのようにして「無」をめぐる冒険が始まった。
「君の着るものは何でも好きだし、君のやることも言うことも歩き方も酔っ払い方も、なんでも好きだよ」
「本当にこのままでいいの?」
「どう変えればいいかわからないから、そのままでいいよ」
「どれくらい私のこと好き?」と緑が訊いた。
「世界中の「無」がみんな溶けて、バターになってしまうくらい好きだ」と僕は答えた。
「ふうん」と緑は少し満足したように言った。「もう一度抱いてくれる?」
僕はなんだか自分が「無」にでもなってしまったような気がしたものだった。
誰も僕を責めるわけではないし、誰も僕を憎んでいるわけではない。
それでもみんなは僕を避け、どこかで偶然顔をあわせてももっともらしい理由を見つてはすぐに姿を消すようになった。
「僕はね、ち、ち、「無」の勉強してるんだよ」と最初に会ったとき、彼は僕にそう言った。
「「無」が好きなの?」と僕は訊いてみた。
「うん、大学を出たら国土地理院に入ってさ、ち、ち、「無」を作るんだ」
「無」には優れた点が二つある。
まずセックス・シーンの無いこと、それから一人も人が死なないことだ。
放って置いても人は死ぬし、女と寝る。そういうものだ。
他人とうまくやっていくというのはむずかしい。
「無」か何かになって一生寝転んで暮らせたらどんなに素敵だろうと時々考える。
「ずっと昔から「無」はあったの?」
僕は肯いた。
「うん、昔からあった。子供の頃から。
僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって。
でもそれが「無」というきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。
「無」は少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。
僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。
たぶんそうする必要があったからだろうね」
その夜、フリオ・イグレシアスは一二六回も『ビギン・ザ・ビギン』を唄った。
私もフリオ・イグレシアスは嫌いなほうだが、幸いなことに「無」ほどではない。
「それから君のフェラチオすごかったよ」
直子は少し赤くなって、にっこり微笑んだ。
「「無」もそう言ってたわ」
「僕と「無」とは意見とか趣味とかがよくあうんだ」
と僕は言って、そして笑った。
彼女は少しずつ「無」の話ができるようになっていた。
泣いたのは本当に久し振りだった。
でもね、いいかい、君に同情して泣いたわけじゃないんだ。
僕の言いたいのはこういうことなんだ。一度しか言わないからよく聞いておいてくれよ。
僕は・「無」が・好きだ。
あと10年も経って、この番組や僕のかけたレコードや、
そして僕のことを覚えていてくれたら、僕のいま言ったことも思い出してくれ。
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