【手羽先ポン酢てりサワーキャビジ添え】

手羽先ポン酢てりサワーキャビジ添え】

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 へたくそな手作り料理をSNSにアップして、でたらめなタイトルを付けたところ、とんでもない方向に話題が展開した。ついでだから、まとめておく。 

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 かつての海軍では、ビタミンC不足による壊血病で悩んでいた。長期航海では新鮮な野菜や果物が取りづらいからだったのだが、それを救ったのがザワークラウト(酢漬けキャベツ)で、英国でそれが分ったのは、キャプテン・クックの時代だったという。

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 各国の海軍では、キャベツの酢漬けの有効さに気付いて採用したが、その後、英海軍は、より効果的なライム果汁に切り替えた。一方ドイツ海軍では、ひたすらザワークラウトばっかり食わせていた。そこで互いに相手のことを、「ライム野郎 (limey) 」「キャベツ野郎(kraut)」と呼びあったということだ。

 


 ちなみにかつての日本軍では、白米食中心だったため、ビタミンB1不足による脚気(かっけ)に悩まされた。日露戦争での苦戦の原因の一つは、兵士の脚気のせいだと言われるぐらいだった。

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 欧米では麦食(パンなど)が主なので、脚気はあまり問題にならなかった。日本でも海軍では、経験的に麦食が有効だと気付いたが、白米に慣れている兵士には不評だったという。陸軍では、陸軍軍医として陸軍兵食の責任者であった森林太郎森鴎外)が、米食にこだわったため脚気が蔓延したと言われている。

 

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 日本で脚気が増えたのは江戸時代後半、白米食が中心になってからで、白米が早く普及した江戸で多く発生したので、「江戸わずらい」などと呼ばれた。米ぬかや麦にはビタミンB1が含まれているので、玄米食や麦食なら脚気にならない。

 明治の末ごろに農学者の鈴木梅太郎が、米糠から抽出したオリザニンを開発して、ビタミン発見の先駆となったが、伝染病説と中毒説が支配的な医学界は受け入れなかった。戦後になって、ビタミンB1が容易に摂取できるアリナミンが開発され、ようやく脚気が克服されるようになった。