ディートリッヒ、モロッコ、リリー・マルレーン

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【ディートリッヒ、モロッコリリー・マルレーン
 

 「妖艶・退廃的・脚線美」と並ぶと、マレーネ・ディートリヒを思い浮かべる人も多いだろう。彼女は、1901年にプロイセン王国の首都ベルリンに生まれ、第一次・第二次世界大戦下を生き抜いて、数奇な運命を辿ることになった。1922年20歳のときに映画デビューし、さらに1930年には、ドイツ映画最初期のトーキー『嘆きの天使』に出演して、国際的な名声を獲得した。まさにこの時期は、ナチスドイツが政権を奪取していく過程でもあった。


 しかし何といってもディートリヒを代表する映画と言えば、同年ハリウッドに招かれて、ゲイリー・クーパーと共演した『モロッコ』が挙げられる。去ってゆくクーパーを、砂漠を裸足で追いかけてゆくラストシーンは印象的だった。引き続き、ユダヤ人監督スタンバーグとのコンビで、『上海特急』がヒットすると、ハリウッドスターとして黄金時代を築きあげた。

 ドイツの独裁者となったヒトラーは、マレーネがお気に入りで、ドイツに戻らせようとしたが、ナチスを嫌ったマレーネはそれを断って、1939年にはアメリカの市民権を取得した。マザコンでゲイでインポだったと思われるヒトラーが、マレーネのような男装の麗人を身近に置きたがるのはよく分かる。しかしナチスヒトラーを拒否したマレーネは、反逆者としてその映画も上映禁止とされた。
 

 1940年代からはブロードウェイの舞台に立つなど、音楽活動に重点が移っていったが、占領下のフランスから渡米していた名優ジャン・ギャバンとも浮名を流す。ギャバン自由フランス軍に志願して分かれ分かれになるが、マレーネも米国の前線兵士慰問機関の一員となり、アメリカ軍兵士の慰問にヨーロッパ各地を巡回した。


 その慰問先で、兵士が口ずさんでいた「リリー・マルレーン」を知り、英語の歌詞で連合軍兵士の前で歌った。この「リリー・マルレーン」はディートリヒの持ち歌として、世界的に有名になったが、このドイツ生まれの歌曲こそ、マレーネ以上に数奇な運命を経たものであった。
 

 「リリー・マルレーン」を最初にレコードに吹き込んだのは、ドイツの歌手ララ・アンデルセンであった。第一次大戦中にドイツの詩人ハンス・ライプが作詞したものに、第二次世界大戦直前に作曲家ノルベルト・シュルツェが曲を付け、それに出会った売れないキャバレー歌手ララが、1939年まさに第二次大戦勃発直前に、やっとレコーディングにこぎつけた。


 アンデルセンのレコードは60枚しか売れなかったと言われ、不発であったのは間違いない。しかし、ドイツ軍の前線慰問用レコードの発注を受けた某レコード店は、200枚の中に売れ残りのララのレコードを2枚紛れ込ませた。それが、何故か東欧戦線のベオグラードにあったドイツ軍放送局から流されると、周辺に点在する独軍兵士たちは、故郷の恋人を懐かしみ涙を流したと言われている。

 だが、ラジオの電波は敵味方を区別しない。やがてドイツ兵のみならず、対峙する連合国軍兵士の間にも流行し、同じく故郷を思い涙したという。曲と歌詞を知れば分かるだろうが、この曲は決して、前線の戦士の戦闘意欲を鼓舞するものではなく、平和だった故郷を懐かしみ、戦意を失わさせる抒情的な歌だった。
 

 アンデルセンは、慰問などで一時的に人気者になったが、当局に戦局にそぐわないと判断され、ララは歌手活動が禁止され、レコードの原盤が廃棄され、ナチス宣伝相ゲッベルスの指示で、「勇壮なドラム伴奏を付けた軍歌版」なる別バージョンが作られたという。

 終戦後のララは、ドイツ北部の北海に浮かぶランゲオーク島に移住、スイス人作曲家と再婚し、歌手としても復帰するなど、幸せな晩年を過ごしたとされる。以下に、歌詞とともに、ディートリッヒのドイツ語阪「リリー・マルレーン」とその歌詞を添付しておく。
 

 なおマレーネ・ディートリヒは、1970年大阪万博などを記念して、来日コンサートを行っている。当時20代前半の私には、70歳に近いお婆さんの来日には、何の興味もなかったが(笑)
 

https://www.youtube.com/watch?v=XC57p3U6svI
 

Vor der Kaserne
Vor dem grossen Tor
Stand eine Laterne
Und steht sie noch davor
So woll’n wir uns da wiederseh’n
Wenn wir bei der Laterne steh’n
Wie einst Lilli Marleen
Wie einst Lilli Marleen

兵営の前の
大きな営門の前に
街灯が立っていた
そして今でもその場所にそれがあるなら
またそこで会おうよ
街灯の下に二人で佇むとき
いつかのように、リリー・マルレーン
いつかのように、リリー・マルレーン