【人体のメタモルフォーシス05「人体異常」】

 

 なにかの要因で人体に異常現象がおこるという系列の話をここに集めた。この種の話には「だれにでも起こりうる」という共通の不安が下敷きになっていると考えられる。もっともたくさん出てきた話題が「ピアスの白い糸」であった。これは若い女性にはきわめて身近に感じられる話であろうし、整形手術など身体に手をくわえることへの畏れともつながっているだろう。
 


『ピアスの白い糸1』
《 これもよくあるピアスで失明ネタ
 20代前半だったフリーターの友人に2〜3年前聞いた話。ほかでもよく聞きますが、上の友人と同じような真剣さをもって話されたものです。いわく「わたしはピアスの穴は開けない。妹から聞いたんだけど、自分で針を使って開けようとしたら、神経を痛めちゃって失明した人の話を聞いたから」。その話には、「耳にはいろいろな神経が集まってるっていうから」という立派な補強もついていました。
 ほかで聞いた話では、「ピアスを開けた耳たぶの穴から赤い糸のようなものが出てきて、引っ張ると、目が見えなくなってしまった」というバージョンもありました。》
 

 書籍のタイトルになるほど有名な話であり、特に若い女性の間では知らないほうが少ないほど普及しているようだ。美しくなりたいという願望はだれにでもあるだろうが、とりわけ若い女性には顕著である。美しい衣装を身につけたり化粧したりという外面を装う方向もあるが、耳に穴を開けるというピアス行為にはさらにそれ以外の要素も考えられる。

 ピアスの穴を開けるというのは一種の人体加工であり、単純に耳飾りが取付けやすいという即物的な理由だけではなにか不足しているものがある。そこに潜在的な変身願望を想定してもよいし、自らの身体を傷つけるという嗜虐的な快感もともなっているのかもしれない。いずれにせよ、そこには精神と肉体のあいだにある緊張が、耳の小さな穴に集約されて出てくる瞬間がある。その緊張を取りもつ糸が「白い糸」であると想定するのは、いささか文学的すぎるであろうか。
 

『ピアスの白い糸2』
《 私が最初に聞いたのは5〜6年位前だと思います。(その当時、私の周囲の女の子はたいてい知ってたみたいですね、でも、男の子はほとんど知らなかった(^_^;)) この話はバリエーションが多くて、
 「その白い糸をハサミでチョキンと切ったら、真っ暗になったので、その娘は『あら、誰が灯りを消したの?』と言った」とか、
 「病院に行って、切れた神経を繋いでもらった」とか…

 2年位前、少女向けマンガ雑誌の読者のページに、やはりその話が載ってましたから、ピアスを空けたい年頃(^_^;)の女の子の間で根強く流通してるみたいです。

 最後に聞いたのは、今年の春、教養のあるれっきとした成人女性(…でも本気で信じていた)からで、彼女の妹さんの友人がそれで失明した(しそうになった?)との事。 彼女はその話を妹さんから聞いた(当事者の固有名詞無し)そうです。》
 


 心と躯のアンビバレントな境位については、一般に女性のほうが鋭敏であろう。毎月の生理に悩ませられることもあろうし、出産という一大イベントも待ちかまえている。ともに、望まなくても肉体のほうから荷してくる精神への試練であり、肉体から超出した精神というたわごとがいかに虚妄かは、女性には太古の昔から自明であったろう。

 産女の話をまつまでもなく、出産というものはある種の賭の要素から免れることはできない。自らの肉体・生命だけではなく、あらたにどんな生命体が生まれてくるかも保証はない。そのような潜在的な不安が、ピアスの穴を開けるという行為に潜んでいるのかもしれない。ピアスという些細な穴にでさえ、期待と不安のいり混じったささやかな賭がこめられている。そして、「白い糸」が出てくるかもしれないのである。
 

『赤い糸、白い糸、黒い糸』
《 この「ピアス」の話は、白水社の本が『ピアスの白い糸』と題しているように「白い糸」の方が広く語られているようです。ゆきこさんのご存じの話が「赤い糸」ということで、「赤い糸」といえば、例の「見えない赤い糸で結ばれている」話を思い出しました。「生まれたときから、結婚すべき人の足の小指と小指とが、見えない赤い糸で結ばれている」という伝説だったと思います。この話は、関東地区では結婚式場のCMで流されているので有名かと思いますが、小生はたしか太宰治の『津軽』の中で、乳母のキヨに教えられるのだったと記憶しております。

 「赤い糸」が「見えない」というのは、形容矛盾なのですが、まあ、運命関係が「赤い糸」というのは、わかる気がします。 「黒い糸」は、あやつるものと相場が決まっていますね。では「白い糸」は何なのでしょう? 「白糸の滝」などという名称があるように、清らかで「か細い」イメージなのでしょうか。
 他の色の糸の話は、とんと聞きませんね。》
 

 色のもつ意味あいを検討しだしたらきりがないことになる。赤が警戒色であったり特定の運命を示す色だとするなら、白は価値中立的な不確定な要素をはらんだ色とも考えることができる。「白い糸」の噂が、行く先未確定な若い女性に支持される由縁であろうか。
 

 ほかにも若い女性のあいだの噂には、生理感覚に直接ひびいてくるものが多く見うけられる。


『膝にフジツボがビッシリ』
《 (たいていは、友人のお姉さん、とか、従姉妹、の話として語られる)
 伊豆(を始めとする全国の海水浴場)へ海水浴(やダイビング)へ行き岩場で滑って、膝を少し擦りむいた。ところが、その傷がなかなか直らない。それどころか、赤く腫れあがって、歩けない程酷くなってしまった。

 たまらず医者へいって、腫れた所を切開してもらうと、膝の皿にびっしりと「フジツボ」がはえていた…というもの。
バリエーションとしては、怪我の部位が違う(腕とか脛とか)、フジツボ以外の物が生えたとする説、彼女はその後足を切断したとか、後日談が付く物などだそうです。…私、「ピアス糸」並みにグロな話だと思ってしまった。女の子って恐い(^_^;)》
 

 放射線や電磁波が人体に影響をおよぼすという話題も多い。現代には、さまざまな異常の原因がいつの間にか身のまわりに振りまかれているという不安感が蔓延していることを表しているといえよう。
 


『テレビの放射線でハゲる?』
《 家に始めてカラーテレビが来た頃ですから、1970年頃でしょうか、カラーテレビからは放射能が出るから近くで見てはいけないと言われた覚えがあります。また、この頃は、雨にあたるとハゲるとか言われました(水爆実験と第五福竜丸の話があわさってのことだったのでしょう)。》
 

『X線の影響で女の子しかできない』
《 そうそう東大でも理学部地学課鉱物学教室の先生は、X線写真で結晶構造の測定をよくするので女の子しか生まれないという話も聞きました。》
 

 女性ホルモンのひき起こす笑い話もある。


『ジャニーズのすね毛』
《 あたらしい噂を仕入れたのでごひろうしまーす。
 「僕の友達が堀越学園に行ってて、そこで聞いたっていう話なんですけど、ジャニーズ事務所に所属してる奴等って、スネゲないでしょ? あれは、女性ホルモンの注射打ってるからなんだって。おかまっぽくなったりしないかって? うーん、しないらしいですよ。
 いや、ジャニーズ入ったら打たなきゃいけないんだそうですよ。トシちゃんとかもやってたんだって。ホントの話みたいだよ」
 ある大学生(男子、自分もジャニーズ系)から聞きました。》
 

 このほか食べ物が人体に影響をあたえる系列の話もあるが、これは「食の怪」の章で取り扱うことになる。
 

*『現代伝説考(全)』はこちらから読めます
http://www.eonet.ne.jp/~log-inn/txt_den/densetu1.htm