アンソロジー『奇妙な味の小説』

【アンソロジー『奇妙な味の小説』】
 

 手元に、吉行淳之介編『奇妙な味の小説』というアンソロジーがある。1971年初版で写真のような黒一色のクロス装丁、透明なビニールカバーが掛かっていたと思うが、すでに取れて今はない。


 全16編の短編リストを挙げる。半世紀近く前の出版だが、当時のバリバリ現役作家ばかりから集められている。

星新一『暑さ』、安岡章太郎『秘密』、柴田錬三郎『さかだち』、結城昌治『うまい話』、小松左京召集令状』、河野多恵子『思いがけない旅』、山田風太郎『わが愛しの妻よ』、阿川弘之『スパニエル幻想』、近藤啓太郎『勝負師』、生島治郎『暗い海暗い声』、開高健『二重壁』、吉行淳之介『手品師』、筒井康隆『脱出』、森茉莉『黒猫ジュリエットの話』、五木寛之『白夜の終り』、島尾俊雄『夢の中での日常』

 何をもって「奇妙な味」と呼ぶか、編者吉行自身が後記で述べているように、これは一言では説明しがたい、説明できないからこそ「奇妙な味」なのでもある。

 上記リストを見れば分かると思うが、それぞれ一流作家であるが、その代表作とは言えない佳作短編がほとんどである。テーマを構えて正面から描くという、いわゆる本格的作品ではなく、著者の一瞬の感性のひらめきのようなものを書き込んで、作家活動の傍線にあるような小品ないし掌編、ショートショートといったものに多い。

 編者の同時代作家を中心に選んでいて、著者自身に趣旨に沿って自薦してもらったものも多いという。各作品の内容には触れないが、ここにある以外で私自身が「奇妙な味」と思えるものを挙げてみたい。


 時代は遡るが、梶井基次郎の『檸檬』ほかの作品がその一つ。「檸檬」を手榴弾に見立てて、丸善書店の高価な画集の上に置いて出てくくるという、鬱屈した貧乏学生の憂さ晴らし的な妄想を描いたもの。

 その発想は奇妙であるが、「奇妙な味」そのものを狙った作品ではなくて、鬱屈した気分を晴らせるための思い付き、という筋道だった説明があるために、奇妙な後味のまま置き去りにされるような作品ではない。


 もう一つ、海外作品ではカフカ『変身』なども当然このカテゴリに入って来るが、私が挙げたいには、アンドレ・ピエール・マンディアルグの『黒い美術館』という短編集収録の『ダイヤモンド』がそれ。

 宝石商の父親から、新しく入ったダイヤモンドの品定めを頼まれた娘が、夢か幻想か分からない中で、若い男と共にその透明な宝石の中に閉じ込められていて、その男に犯される。

 翌日には、そのダイヤモンドの中心に赤い点が現れ、やがて少しづつ赤い斑点が、血が滲むように拡がってゆく、というような幻想的な物語である。
 

 なおこの時期に、私自身が書いた掌編がある。学生の稚拙な作品であるが、ここの「奇妙な味」に沿ったものではあるので、掲載ブログへリンクしておきます。
 
『喫茶店にて』>http://d.hatena.ne.jp/naniuji/20140607