野坂昭如、逝く 02

A,Nosaka

野坂昭如、逝く 02】
 
『骨餓身峠死人葛』
 
 近未来SFでディストピアがブームのようだが、野坂のこの作品は、いわばダークファンタジーと言えるだろう。そして『火垂るの墓』に対するネガティヴなメルヘンでもある。

 戦前から戦後にかけて、「骨餓身峠」という仮想の貧しい山間の炭鉱の寒村に、白く鮮やかに咲く死人葛[ほとけかずら]と、代々引き継がれる性と生と死の葛藤の物語。といっても抽象的すぎて分らないが、死人葛はその字のとおり、人の死体をのみ肥やしにして育ち、美しい花を咲かせ実を結ぶ。そして、その実が唯一、村人たちの命をつなぐ栄養となる。

 そして、兄と妹の間のそれ以外にあり得ない形での、近親相姦というおぞましい性と、兄が手に入れてきた生まれたばかりの赤子を、そのまま死人葛の肥やしに埋めるという、壮絶な生と死の近接。そして胸を病んだ兄は妹に、自分の死体を死人葛の肥料にせよと言って息を引き取る。このあたり、『火垂るの墓』で妹が亡くなる個所と対応する。

  「火垂るの墓」で直木賞を取った翌年、「骨餓身峠」を書いている。前者をメルヘン風に描いた点への反省が、このようなおぞましいダークファンタジーへ向わせたのかもしれない。

 その頃、神戸で遠藤周作の講演会があり、私も聴きに行った。ちょうど評判になっていた「骨餓身峠」を、この狐狸庵センセイは絶賛していた。『沈黙』の作者遠藤ならば「神の沈黙」を問うところだが、野坂は死人葛の白く鮮やかな花をそっと差し出したのであった。