(’00/07/13) インターネット時代と都市伝説

インターネット時代と都市伝説

 「デジ委書庫」に掲載している拙論、『現代伝説考』http://www.eonet.ne.jp/~log-inn/txt_den/densetu1.htmを見て某誌ライターよりインタビューの依頼があった。「インターネット時代になぜ都市伝説が流行るのか」というテーマだったので、返事に記したことなどを敷衍してここに掲載してみる。

《注)「某誌」というのは、実はあのなつかしい「週刊大衆」なんですね(笑)。風俗嬢紹介などの記事にはさまれて掲載されたが、当記事自体はキリっとしたものになっていた。フリーの女性ライターへの委託記事らしく、電話インタビューは彼女自身から掛かってきた。話した内容のごく一部しか引用されなかったが、ツボを押さえたしっかりとした記事になっていた。('14/08/18記)》

 質問の主旨は、「インターネットという先端メディアで即時に情報が行きかうこの時代に、なぜ現代版の怪談である都市伝説という怪しげな噂が流行るのか?」といったことであると思う。これは一言では答えられない大きなテーマであるが、インターネット時代と都市伝説というのは、さほど違和感なく連動すると思われる。
 「近代の終焉」が言及され、近代社会のピラミッド型ヒエラルキーが見えにくくなっているこの「現代」というものは、先行きが視えず目標も曖昧なかなり「怪しげな時代」であろう。そのような「怪しげでイカガワシイ時代」という意味においては、両者はむしろパラダイムを共有しているといえよう。

 言うまでもなく、情報としての怪しさ・いかがわしさが都市伝説のエッセンスであるが、考えてみればインターネットというのもきわめて「怪しげでイカガワシイ」メディアであろう。いずれかの権威が管理しているわけではなく、マスメディア情報のように一定のフィルターを通されたものでもなく、いわばどこの馬の骨とも知れない人々が流す情報が氾濫している世界である。
 しかしむしろそのイカガワシサこそが、この現代という「怪しげな時代」のリアリティを体現しているといえるのではないか。"オリジナル/コピー"を同定しがたいこの「複製時代」においては、一元的に「正しい情報」というのはあり得ないわけで、このようなイカガワシサの世界に足場を置いてみると、NHKのアナウンサーの語るもっともらしいニュース口調などの方が、逆にインチキ臭く見えてくるのである。

 もう一つ挙げれば、コミュニケーション構造の類同性というのがあるだろう。
 もはや死語かも知れないが、インターネット・サーフィンと称して特定の目的もなくランダムにリンクをたどってゆくとき、事前に統御された流れもなく人から人へと伝わってゆく都市伝説という噂の伝播と似ているものを感じる。考えてみれば、Webのハイパー・リンクという仕組みは情報の流通経路に関して中立的であり、印刷媒体や電波を通じて特定の経路で一方向的に流されるマスメディア情報とは異なっている。そしてそれは、人と人とのランダムな"リンク"を通じて流れていく噂噺の伝播経路と相同性があるといえるだろう。

 さらには、そこを流れる「コミュニケーションの質」といった点が指摘できる。
 現代人は、かつての伝統社会の村落共同体や近代の家族生活にみられるような「濃密なコミュニケーション」を避ける傾向にある。若者たちも、青春の悩みを打ち明けあって人生を語るといったべっとりとしたヘビーなコミュニケーションは忌避し、もっぱら目先の興味や利害という接点だけで友人付き合いを済ませるという方向にあると思える。
 そのようなライト・コミュニケーション志向においては、都市伝説のようなさし障りのない話題は好適である。これといった生活基盤の共有がなくとも成り立つ性質の話題であり、それ以上に相手の内面に立ち入ることはない。しかも噂を伝え合うことにより、潜在的な不安や孤独感をさりげなく解消できるのである。
 インターネットのようなデジタル・ネットワークも、このようなライト・コミュニケーションにはきわめて好都合である。見ず知らずの他人とも簡単に知り合いになれるし、しかも互いの顔も名前も知らず・知られずともコミュニケーションができる。しかも、仮に不都合が生じれば、一方的に繋がりを断つこともたやすい。

 このように考えてくると、インターネットと都市伝説とは、時代にパラレルな相応性をもっているといえよう。しかしこのことが即、インターネットを通じて現代都市伝説が生成・流布しやすいということを意味するわけではない。ネットには、噂に否定的な情報も同時的に流れるので、都市伝説の流通に制御的にはたらくこともある。たとえば、関東大震災時の流言飛語の増幅といった現象は、ネットワークを流れる情報によって抑制されるはずである。
 また、ひと時代前に隆盛した「口裂け女」や「人面犬」といった都市伝説は、影響力の中規模な子供向け雑誌媒体などが介在して全国版に成っていったという経緯があるが、即時性の強いデジタルメディアの時代では噂の発酵する時間が取れず、むしろ「メジャーな現代伝説」は生まれにくい状況にあるのではないかと思われる。
 一般に、マスメディアが本格的に取り上げ出すと噂は収束に向かうという傾向があるが、即時的なデジタルメディアでは噂の発生と抑制が同時的にはたらくといえよう。したがって、インターネットでも、流通しやすい性質の噂としにくい噂の双方があると考えるべきである。それによって、流布する都市伝説のパターンも今後さらに変質していくと思われる。

2000.07.13 nani記