現代伝説考07

誰も居ないはずの深夜のオフィスで・・

7.密室の世界

7-1.民家・アパート
 一般の住居にも怪異にまつわる話はたくさんある。借家・アパートなどで、あらたに移り住んだところ霊がいたという流れの話が多いようだ。

『#122-3二階の部屋にモノの気配』
秋田市銀の町の家
 妹夫婦が,秋田に転勤して,たってから少したっている家を借り生活するようになった年,私と娘Y子,で,その家にあそびに行ったときです。夜ねることになって,Y子は2階の3間続きの一番奥の部屋に寝ることになったのですが,<この部屋に,何か居る>と言いだしました。妹の子供もいぜんから同じことを感じてその部屋はつかわれていない部屋だったのだそうです。
 翌年,妹夫婦が,私の家にあそびにきたとき,その話をきいたら<あれはいつのまにかいなくなった>ということで,今は普通になったそうです。
 以上2話 40才ぐらいの女性》
 この種の霊はだれにでも感じとれるというものではなく、とくに霊に敏感な人にだけわかるようである。つぎの例もそうである。

『#246-1新居アパートの魑魅魍魎』
《私の友人が一昨年の暮れ、結婚しました。で、新居となるアパートにいよいよ引っ越しの当日、手伝いに行った私の目に飛び込んできたのは、その男が従兄弟の女子高生といっしょに、部屋のあちこちに生米と塩を盛っている姿でした。
「おまえ……、何やってんの?」
「いやー、それが……。このアパートは魑魅魍魎の巣だ!」
 結婚式より一足先に実家を引き払い、彼はすでに独りでアパートに居たのですが、「何かこのアパートにいると、猛烈に頭が痛くなる」のだそうです。おまけに、夜寝ていると、耳元で何やら女の声が喋り続けていて眠れないのだとか。そこで彼も考えました。「こりゃ、もしかして、“いる”のでは?」
 もともと彼の家系は霊感の強い人間が出ていて、中でもこの日来ていた従兄弟の女の子は、その素質が強く受け継がれているそうです。そこで彼女を連れてきてみたところ、部屋に入るなり第一声が「お兄ちゃん(彼のこと)、これすごいわぁ!」だったそうです。》
 人に憑くのが幽霊、特定の場所にあらわれるのが妖怪という分類にしたがうと後者になるのであろうが、いずれにしても一種の地縛霊と考えられる。伝統的な地縛霊は、その場所にまつわる因縁があってあらわれるのであり、当事者にもその理由がわかるのが普通である。しかしながら移動のはげしい現代では、その霊に遭遇した人にも由縁がわからないままに終わることが多い。

 したがって、土地に縛り付けられた怨霊を特別に慰霊するといった物語には発展することなく、なにげなく消えていったり、あるいは居住者のほうが引っ越してしまうことになる。住民と地縛霊の葛藤というよりは、居住者と霊が簡単にすれ違っていくあたりが現代的であるといえようか。

 出現する幽霊のほうにも、なにがしか現代的な孤独の陰がさしているような事例をあげてみよう。とくに祟るというわけでもなく、ただ現れてまた消えていくというだけの奇妙な話である。

『#259-1椅子に座った老婦人の幽霊』
《5年ほど前、ある有名レコード会社の若いディレクターと、真夜中にタクシーに乗っていたとき、聞いた話です。
 彼の友人の住んでいるアパートの部屋には、毎晩だったか、ある決まった日だったか、とにかく深夜の同じ時刻になると、椅子に座った老婦人の幽霊が現れるんだそうです。
 その幽霊の出現のしかたがまた変わっていて、その時刻になると、部屋の一角に小さな点のような大きさになって現れてきて、それが次第に拡大して普通の人間の大きさになるんだそうです。そして、暫くそのままじーっとしていて、またある時刻になると次第に縮小していき、消えてしまうのだそうです。》

7-2.事業所関連
 会社や各種の事業所も、日中は活気にあふれているが深夜ともなるとひと気のない密室と化する。深夜のがらんとした密室を想像すると、そこになんらかの怪異現象があっても不思議ではないであろう。

『#1-5深夜の会社の笑い声』
《東京のサラリ−マンが、夜中に酔ったあげくにじぶんの会社に電話したところ、笑い声がきこえたのでびっくりし、翌日しらべてみたら、そんなにおそくまで残業した人間はひとりもいなかった、ということです。》
 おなじく、ひと気のないはずのところで怪しげな作業がおこなわれているという笑談をひとつ。

『#32-1倉庫で煎餅ぺろり』
《【草加煎餅の作り方】
 埼玉県草加市は、煎餅で有名な所であるが、その煎餅の製造過程についての噂。
 「普通の煎餅やごま煎餅は、工場から出荷するのだが、海苔のついた煎餅だけは、工場からもうひとつ別の場所を経由する。そこは大きな倉庫で、薄暗い倉庫内に草加中の老婆が集められている。老婆は、片手に醤油煎餅を、片手に海苔を持ち...煎餅をぺろりと一舐めしては海苔を貼り付けるのだ」
 これは、「噂話」というより、「こういう噂が流布している」という「噂」なのかも知れない。或は、人面犬とか口裂け女とかの噂がマスコミで取り上げられて行った中での誰かの「創作」かも知れないとも思える。若手の漫才芸人あたりが作りそうなお話だからだ。この「噂」は5年ほど前に友人とのバカ話の中で聞いたもの。》
 噂の中での老婆の役割には特異なところがある。男の老人がどちらかというと枯れていく傾向にあるのとくらべて、老婆という存在は一種独特の生気をはらんでいる。そのような老婆の生臭さと、ひと気のない倉庫との対比がこの噂のエッセンスであろうか。かつての伝説から現代伝説にいたるまで、老婆というキャラクターのもつ生命力だけは健在であるようにおもわれる。

 その他事業所関連の噂では、一連の就職面接の話題が集まった。就職面接の会場というのもある種の密室性をもっている。その場にいるのは面接官と受験者だけである。そのような閉じられた場所でくりひろげられる両者のやりとりが、おもしろおかしく噂としてながされてくる。二つほど投稿を紹介しておこう。

『#75-1就職面接で』
《1カ月くらい前の『週刊文春』の「ニュース足報」に、就職のこぼれ話がありました。いわく、
 近年の就職難でみんなあの手この手のアピールをする。前に、CMソングを面接で歌った学生が受かったらしい。で、去年、ある製菓メーカーを受けに行った学生が、なぜウチなの?という質問に、「CMソングでずっと馴染んでいました。(ここにオンプマークがあるつもり)チョッコレート、チョッコレート、チョコレエトは、……」と途中で詰まってしまった。受けていたのはライバル社だったからだ。
 こんなような話が書いてありました。続いて、マヨネーズを一気のみした奴とかも出ていました。マヨネーズは別として、この「チョッコレート」ネタは、私が就職活動をしている年にもありましたから、もう7年前にもすでに存在していました。当時はバブル黎明期で不況絡みの説明は入っていなかったんですが、たしか落ちたと聞いた記憶があります。
 就職関係の噂はかなりいろいろあるのではないかと思いますが、どうでしょう。あの「内定蹴りお茶かけられ事件」「内定蹴りお茶一気のみ事件」なども同じ類になるんでしょうかねえ。ちなみに、この熱いお茶を学生にかけた企業は、かのノルマ証券と聞いております。これは、内定蹴りをした学生が人事担当者から眼の前にあったお茶をかけられたという話があり、次に内定蹴りをした学生は、まず眼の前の熱いお茶を一気のみしてから内定を断ったという話です。これらは87年夏の時点ですでに語られていました。》

『#78-1就職面接で』
《「サッポロビールの面接で質問に一言も答えない奴が居て、怒った面接担当者が『何で何も言わないんだ!』と言うと、一言『男は黙ってサッポロビール』と答えて、採用になった」
なんてのはそれこそ<伝説>として語り継がれていますよね。》

7-3.ホテル・旅館
 ホテルの個室というものも鍵ひとつでへだてられる究極の密室である。大都会の高層ホテルの一室で多数の人々が孤独な一夜をすごすとき、そこで「なにか」がおこる。そしてその部屋ではかつて自殺者がでている、というのがもっともありふれたホテル伝説であろう。

 また、ホテルの立地そのものの因縁にまつわる幽霊譚もある。

『#204-1ホテルの怪異』
《たしか去年(1993年)の話です。北海道の千歳のビジネスホテル。各自の部屋に荷物を置いた出張班一同が、ふたたびロビーに集まった時の会話です。
「僕の部屋、なんか窓の枠が真っ赤にふちどってあって、『開けないでください』って書いてあるんですよね。高層でもないのにヘンなの」
「え、オレんとこもだよ!」
「あ、私の部屋もそうです」
 ここで一同ピーンときました。何しろ一年の半分以上を出張している人たちですから、その辺の勘も磨かれています。値段も千歳界隈では格安なのに、建物も新しい。さらに「開けないでください」の窓枠……。「これは」とひらめいた彼らは、フロント氏に尋ねました。
「ここ、出るんでしょ?」
「……出ます」
 あっさりと負けを認めたフロント氏によると、以前ホテルの外には墓地があり、ホテルの建設に伴って廃止されたか移転したそうです。しかしその後も妖気だか霊気は残り、夜な夜な宿泊客を脅えさせるのだそうです。
「じゃ、われわれも困るじゃない!」
「いえ、窓をしめている限りは、“気”が入ってこないので大丈夫なのです」
「そんな馬鹿な!。毒ガスじゃあるまいし」
 これが“霊魂毒ガス説”というわけです。もちろん長野県松本市サリン事件が起こるずっと前の話です。
 この話には続きがあります。
 仕事の都合で一足遅れてやってきた、A係長が着いたのは深夜近く。他の班員はもう寝ています。酒好きの係長は、あらかじめ外でしこたま飲んできて、ご機嫌でベッドに入りました。
 翌朝です。他の班員と朝食の席で合流した係長は言いました。
「いやあ、昨夜は飲み過ぎたか変な夢みちゃったよ。オレの葬式の夢なんだ」
一同は顔を見合わせました。あ、やーっぱり……。
「はあ、ところで係長、部屋の窓開けました?」
酒飲みはまた、一種の暑がりでもあります。係長は部屋に入ると、ぱあっと空気の入替えをしたのだそうです。案の定。
「かくかくしかじかで、赤いペンキの枠、気がつきませんでした?」 「ん〜、飲んでたからな……」
 フロント氏のコメントによれば、たぶんその係長さんは、霊感とかそういうセンシティビティが弱い方なんでしょう、とのこと。
「ですから、ご自分のお葬式の夢程度でお済みになったんでしょうね」》

 おなじ投稿の続きでこちらは旅館の幽霊話。

『#204-2旅館の逆さ幽霊』
《さらにこの友人から聞いた、出張がらみ怪談。
これはいつの話だか知りません。“課内で伝わってる”というレベルらしい。場所は確か四国の宿だと思いました。
 例によって旅の宿に泊まっていた出張班、今回は地方とて旅館だったそうです。A課長だけは個室に寝ていましたが、深夜、誰かが入口の障子をノックする。開けてみると誰もいない。それが繰り返される。こいつは若手の班員が、酔っぱらってオレをからかっとるな。とっちめてやらにゃ。
 課長は障子の際で待ち構え、次のノックと同時に開け放って、叫びました。
「コラッ!」
長い廊下をあわてて逃げていく影を、課長は追いました。なかなか素早い相手は、広い旅館の敷地を、庭のすみにある離れの方に走っていきます。その離れの中に隠れたのを見届けた課長。ついに追い詰めたと見て、離れの引き戸を「コラッ!」といいざま開けた目の前に、上から女の顔が下がってきたとか……。
 課長は翌朝、その離れの前で気絶しているのを発見されたそうです。》
 多くの見しらぬ他人が替わるがわる宿泊するホテルや旅館には、幾多の噂が発生する。これは身近にすれ違いながらなんの情報もない他人に対する不安が、都会人の心理にひそんでいるところからくるようにおもわれる。

 いきずりの男女が一夜をともにするようなとき、もっとも身近にふれいあいながら相手に対する情報がまったく欠落しているという皮肉な状況がおこる。つぎのものは、アメリカを起源とする典型的な現代伝説と言えよう。

『#53-4ルージュの伝言
《 これは、女をナンパしてすることして、翌朝起きると女が消えていて、トイレの鏡に口紅で『AIDSの世界にようこそ』と書いてあった(--;)、という超有名な話です。アメリカ原産なんだそうですが。これ、身近で聞く限り、あんまり食らったって話はなくて、『○○子(面識のない奴)が、(ぴぃ)なので頭に来て、やったって言ってた』とか『知り合い(女性)でいたずら半分(??)にやった奴がいる』というパターンに変わっているようですね。何故だろ??》

7-4.百貨店
 都会の高層建築物への潜在的な不安も多い。不特定多数の出入りする高層建築物は、一旦火災などの災害がおこると瞬時にして地獄と化する。都内赤坂の某ホテルの火災による惨事はいまでも記憶になまなましい。赤坂という場所は、四谷・青山などと並んで江戸期以来の心霊スポットといわれているだけあって、いまでもたくさんの噂がながされているようである。

 ホテル以上に多くの人間がつめ込まれている百貨店でも、いくつか悲惨な火災がおこった。当然その跡地にも幽霊伝説は語られている。

『#194-5火事場跡の幽霊譚』
《火事により死傷者が沢山出た都内某ホテル跡地に、出るという話がありました。大阪千日ビル(でしたっけ?)も、やはり火事で死傷者が沢山出たところですが、ここも出るという話がありましたよね。熊本の某デパートの火事の話は、すでに以前ご報告されていましたが、熊本出身の同僚に聞きますと、知っておりました。このデパートの後日譚として、デパートを再開する際、デパート名を『火の国デパート(!)』にしようとしたのだが、さすがに縁起が悪いということで現在の名になった、ということでした。》
 この「千日前」という土地にまつわる過去の因縁もフォローされた。

『#228-1千日前と幽霊』
《らくだという噺があります。らくだと言われる男が死に、その兄貴分と、たまたま行きあわせた故紙回収業者が、葬式を行うという噺です。さて、二人は飲んだ後、死体を火葬場、当時の言い方だと「火屋か火家か、とにかくヒヤ」に運びますが、途中で漬物屋から脅し取った桶から死体を落としてしまい、代わりに酔っぱらって寝ていた神主か坊主を入れて、ヒヤに持って行き、置いて行きます。さて、目を醒ました酔っぱらいは、火を付けに来た人にここはどこだと聞きます。「ここは千日のヒヤじゃ」、「ヒヤでもいいからもう一杯」というのがサゲです。つまり、千日前には昔から火葬場があって、千日デパートの火事がある前から、人が焼かれていたのです。ですから、千日前に幽霊が出るのは、火災のせいとばかりは言えません。》
 混雑時の地下街や百貨店にいると、ふと災害時の不安にかられることがある。そのような心理から派生するとおもわれる噂もある。

『#131-1T百貨店は崩れやすい』
《京都の中心部にあるT百貨店は、戦前に途中まで作って、戦後に継ぎ足している。エスカレーターをつける時に梁も抜いている。だから構造的に弱く、地震が来たら、真っ先に崩れる。》